舘田瑠美子のプロフィール

1947年9月25日~

森岡準次郎、キエの長女として生を受ける。兄2人、弟の6人家族。

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るみ子中学3年の頃

青森市立甲田小、甲田中、青森県立青森西高校卒、高校時代は、出版委員会と文芸部に所属し、誌を書くことが好きな少女でした。

また、ベトナム戦争に心を痛め、貧富の差はどうしてなくならないのだろうとの思いから、民主青年同盟に加盟し、社会のしくみなどを仲間と学ぶ。高校卒業後は、少年団の指導員なり、毎年少年少女キャンプ大会や合浦公園での子どもまつり(国際子どもデー)に取り込む。

1968年

舘田篤廣と結婚。

1971年

あおもり子ども劇場設立に取り組み、事務局員として働くが、夫の転勤で、泣く泣く東京に転居。乳幼児、障害児保育にたづさわりながら、保母の資格を得る。夫の転勤で青森に戻り、油川字中道に居を構える。

1989年

青森県労働書記

1991年

アイヌ犬、ノンがわが家に住みつき、家族の一員になる。

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日本共産党県議団事務局員として働く。また、日本共産党油川後援会事務局長として、地域の皆さんと一緒に、道路の段差の解消や信号機設置などを実現する。

2001年11月

日本共産党青森県委員会の政府交渉に参加し、ベイブリッジの凍結防止対策を求める。国土交通省の担当者から「お話しを伺い、改めて要望が強いことを再認識しました。経済性と安全性の点からも必要だとおもいます」との回答を引き出す。

2002年2月

青森市議会選挙に、西部地域の願い実現に32年間頑張ってきた中村勝巳さん(青森市の4人目の名誉議員)のあとを受け継いで日本共産党から立候補し、初当選。

保母をしていた時期

保母をしていた時期

趣味

草花を育てること。温泉めぐり。

好きな言葉

初心忘れるべからず。

大地にしっかり足をふみつけて

(甲田中学校担任の太田弘先生の送る言葉)

今社会に訴えたいこと

戦地のイラクへ戦後初めて、武器を持った自衛隊が派兵されました。戦争へ加担する道を行くのか、今、重大な岐路に立っています。

命も自然環境も希望も、なにもかも破壊しつくす戦争は絶対イヤです。